
● 往 年のミステリー小説考



ミステリー小説といえば我々の世代はすなわち「推理小説」ということになる。そしてその代表がコナン・ドイルのシャーロック・ホームズだろう。以降、この分野には様々な作家とその分身でもある探偵が登場した。俗に言う世界3大名探偵の中でトップはこの「シャーロック。ホームズ」だが、それに続く二人が「エラリー・クィーン」と「エルキュール・ポワロ」なのだそうだ。
ポワロはイギリスの女流作家アガサ・クリスティーが生み出した
ベルギーの探偵としてそのシリーズは長編と短編を合わせれば100作近くに達する。同じく彼女の分身の様な「ミス・マープル」もそのシリーズ40作余りで活躍する。後にクリスティーの孫の証言で明らかになるトリビアとして、彼女は途中からポワロに辟易していたが出版社のたっての希望で新しいシリーズを諦めてそのままポワロを存続させたとの事。そもそもがシリーズ開始時にもっと若々しい探偵にするべきだったと後悔を口にしていた。我々ファンとしては彼の惚けたキャラは決して嫌ではないのだが。また、生涯独身を通したミス・マープルは椅子に座って編み物をしながら事件を推理するという優しいおばあちゃんのイメージだが、シリーズでは度々そのアクティブさに驚かされる事も多い。実際はクリスティの祖母がモデルであると話している。また、シリーズにまではならなかったもののトミー&タペンスと言うオシドリ探偵も存在する。彼らは主に諜報活動を得意とした異色の存在として描かれている。
さて、「エラリー・クィーン」だがこの名前は作家名であると同時に探偵名でもあると言うちょっと複雑なパターン。実際の作者はフレデリック・ダネイとアルフレッド・リーと言う二人の人物。従兄弟同士の二人はそれぞれが得意分野を担当しながら次々に作品を生み出していく。プロットはダネイ、執筆はリーと言う具合だ。
1929年の処女作「ローマ帽子の謎」から3年後にバーナビー・ロス名義で推理小説「Xの悲劇」を発表。その後「Yの悲劇」「Zの悲劇」「レーン最後の事件」を出版。そこに登場する探偵はイギリス王朝演劇俳優を難聴を理由に引退したと言う変わり種ドルリー・レーンである。(ちなみに名前は実際にイギリスのロンドンにある通りと同じ)
もう一人の探偵エラリーは、ニューヨーク市警の警視で実の父リチャード・クイーンと共に活躍する所謂「国シリーズ」が人気だ。
特にエラリーにとって運命的なライツヴィルの町(架空の町)との繋がりが時代を跨いで登場するあたりはファンにとって堪らなくときめく。過去に登場した人物のその後や家族の成長、またライツヴィルの街並みも楽しめ、新たな発見に思わずニヤリとさせられる。
いずれの作家もその作品もどれもが個性的な独自の世界を楽しませてくれるしプロットに賛否の議論が湧き起こる事もあるが、ここで触れておきたい大事なものに「翻訳」がある。このカテゴリーに限らず海外の文学や小説、更にはもっと視野を広げれば音楽や映画の翻訳はその国の読者や観衆にいかに受け入れられるかを左右する重要なポイントだと思う。最近ではサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の村上春樹改訳版が話題になったが、訳者によってその作品の印象がガラリと変わることがある。映画のリメイクの様に、或いはクラシック音楽における指揮者の、映画における監督のそれぞれの解釈の違いにより微妙にその世界が変化を見せる。その辺りを楽しむのも一興だろう。
推しなべて言えば、エラリー・クイーンとクリスティーの違いはその文体にあるのかと思う。クイーンはあくまでストーリーに読者を引き込もうというスタイルであるのに対し、クリスティーは時々ユーモアのある場面を差し挟み読む側の緊張を解いてくれるアプローチを感じる。それが女性としての気遣いからなのかその人となりに依るものなのかは判らないが、ここに取り上げた往年のミステリー小説を読むにつけ、時代の古さを感じさせないというエバーグリーン的存在感に尽きると結論付けたい。



