



ミス・マープルのシリーズの中で、クリスティー晩年期の1964年発表の作品「カリブ海の秘密」(原題:A Caribbean Mystery)と、出版では7年、ストーリーでは1〜2年の時間経過で発表された1971年の「復讐の女神」(原題:NEMESIS)は、当初マープル3部作として世に出されるはずだった。この時、既に81歳というかなりの高齢だったクリスティーだがその内容たるや益々の充実さを見せ、正に円熟した才能を存分に楽しめた。
ミステリー小説の特に海外ものは登場人物の多さに敬遠される傾向にあるが、キャラクターが多ければ多いほどプロットの幅も広がる訳で痛し痒しの関係なのだが、クリスティーの作品はその豊富な登場人物のおかげで最後の最後まで推理が楽しめるのだ。
ポアロものを含め数多あるクリスティー作品の中でミス・マープルものは約2割程度だが、海外ミステリーファンなら誰でも知っているマザーグースの童話をなぞる様に起こる殺人を扱った「そして誰もいなくなった」の姉妹版「ポケットにライ麦を」や、80年代に当時の大女優エリザベス・テイラーを
主人公に映画化された「鏡は横にひび割れて」などの作品は有名なところ。






さて話を戻すが、「カリブ海の秘密」では作家として成功した甥のプレゼントで西インド諸島に静養旅行に訪れた先で起こる殺人事件をめぐり滞在している様々な客たちと協力しながら真相を暴いてみせるマープルの活躍を楽しめるのだが、その中でもワンマンでわがままで皮肉屋の余命いくばくもない障害高齢者の投資家ジェーソン・ラフィール氏の存在が非常に嫌らしく描かれる。言うなれば彼の存在が伏線となりその理由が後々の「復讐の女神」で明らかにされるのだ。
それにしても読み進むうちにこんなに嫌いだったラフィール氏が、最後には堪らなく愛しくなってしまうのもクリスティーの周到に練られたプロットの為せる技だと感服させられる。
最後に個人の夢を叶えられたマープルがさてその後どんな冒険をするのか楽しみだったが、残念ながら3部作最終章は陽の目を見る事はなかった。
ミステリー作品故に細かな点には一切触れられないのだが、とにかく読書の愉しみというものの何たるかを体現させてくれた。
因みにミス・マープル最後の事件「スリーピング・マーダー」は1943年にすでに執筆されていて、クリスティー没後に出版という非常に稀有な契約作品だったが、もちろんこの3部作とは関連が無い。
